K-GLASS PRODUCTSの歩み

「中内ガラス」なのに、社長の苗字は「片岡さん」?

弊社は、一般住宅からビル・大型施設・公共施設まで、建築ガラスの施工をすべて行うガラス会社です。
社名は「中内ガラス」ですが、代表は「片岡 敬雄」です。そのため、名刺を交換した際に「あれっ?」と思われることがよくあります。

「片岡ガラス店」幻の三代目

昔、高知市朝倉に「片岡ガラス店」という小さな町のガラス屋さんがありました。昭和初期からの老舗で、家族経営ではありましたが、近所では有名な腕が良いと評判のガラス店でした。

その片岡ガラス店の三代目になるのが、私・片岡敬雄でした。
小さい頃から祖父や父の仕事ぶりを間近で見ており、自然と店のことや、ガラスを切る・窓枠にはめるなどの技術を覚えていきました。
慣れてくると、近所の顔見知りから仕事を自分で請けて、「しっかり自分のお小遣いを稼ぐ」という「知恵」を、ちゃっかり身につけていました。

しかし、思わぬ出来事が起こりました。私が高校生の頃のことです。昭和63年頃、バブル景気で日本の経済が元気だった時なのに、片岡ガラス店は倒産という事態に見舞われてしまいました。

高知一番のガラス会社に就職!

もう、ずいぶん前のことなので記憶がおぼろげになり、最終的なきっかけは忘れてしまいましたが、そんな話の中で誰かが紹介をしてくれたのでしょう。私は「中内ガラス」に就職することになりました。中内ガラスは、片岡ガラスのような町のガラス屋さんのような仕事から、ビルのガラス施工まで幅広く手掛ける会社でしたので、私の希望通りでした。
就職できることだけでもありがたいのに、私は最初から「ゆくゆくは独立したい」と宣言をしてしまいました。若いから許されたことなのでしょうか。でも、この強い気持ちがあったからこそ、今があるのだと思っています。

会社を継ぐ

そこからも、私は前進し続けました。施工の技術だけでなく営業も行い、社長と肩を並べるくらいの「会社の顔」のような存在になっていきました。
そして、とうとう私は「中内ガラス」を社長から譲り受けることになりました。

「中内ガラス」の「片岡社長」の誕生です。
世襲制でない、実力で得た社長のポストです。

仕事の効率化のために試行錯誤

社長になってからは、今まで考えていた「革命」のようなものを一気に実現しようと動き始めました。
ガラス工事は仕上がりがすべてです。お客さまにとって、工事の手法はあまり仕事の評価を左右しません。
そこで、私がまず手掛けたのは「仕事の効率化」です。
重くて大きなガラスを楽に運べる・安全に取付できるように、オリジナルの機械を設計し、親戚の鉄工所に頼んで製造してもらいました。
試行錯誤を重ね、理想の機械が誕生した時は手に汗を握りました。

仕事のプロセスが評判に

オリジナルの機械は、仕事の現場で大活躍。私の予想通り、仕事の効率がグンとアップしました。
重量があり、サイズの大きなガラスを容易に取り付けられるようになると、より丁寧に仕事をこなすことができます。
当社の仕事ぶりは高知の建築業界では高いニーズを得ることができました。

社員も明るく

オリジナルの機械を使用することにより、安全性が高まり、社員の負担も軽減されるようになりました。
その頃から少しずつ、社員も明るく、仕事への意欲も増してきたように思います。よりスケールの大きな仕事も増え、手ごたえを感じてきたことも理由の一つかもしれません。

個人のお客さまへ手厚いサービス

仕事を効率化することで、さらにうれしいことがあります。個人のお客さまへ手厚いサービスができるようになったことです。
スケールの大きな仕事のできるガラス施工会社の社長ですが、私のルーツは「町のガラス屋さん」です。
近所の子どもが投げたボールが当たって割れたガラスを、急いで交換し、喜んでくれた時に得たやりがいは、私にとっての宝物です。個人のお客さまを大切にしてこそ、ガラス屋として胸を張れると思っています。

ガラス会社が手掛けるリフォーム

ガラスの割れ替えや修理を行う際に、「実は外壁が古くなったので塗り替えたい」「お風呂をバリアフリーにしたい」など、ガラス以外の相談をされることが増えました。
そこで、相談をされるのなら、ガラス屋さんがリフォームをしてはどうだろう?と、仕事を受けるようにしました。
幸い、昔建設会社に勤めていたことがあり、建築のノウハウも身についており、協力してくれる業者さんも知っています。また、設計事務所を営む親戚も居るのも強みです。
現在、担当できるのが社内に私しか居ませんので、受け身的な仕事ではありますが、お客さまには喜んでいただいております。

趣味も仕事のヒントに

このように、おかげさまで仕事のほうは前進のスタンスを取り続けることができ、プライベートも穏やかに過ごすことができています。
休みの日には趣味のラジコン飛行機を同好会の仲間と一緒に楽しんでいます。ラジコン飛行機つながりで、今凝っているのが「ドローン」です。このドローンを当社なりにどう仕事に活かしていくかを考えることが楽しくてたまりません。もう少しで実現できる予定です。

家族に感謝

今は少なくなりましたが、江戸時代から昭和にかけて、大工などの職人は、背中に屋号や職名を記した「長半纏(ながばんてん)」という羽織(洋服のカーディガンのようなものでしょうか)を着て仕事をしていました。そのイメージで、弊社のユニフォームには、背中に「硝子屋」の刺繍を入れています。
会社として、もっと成長させたい。でも、心の根っこの部分では「職人で在り続けたい」という気持ちの表れだと思います。

こうして私が今日も走っていられるのは、多くの人の支えはもちろんですが、苦楽をともにしてくれている家族あってこそだと感謝しています。

ガラスの割れ替え修理、高知県下一円承ります。
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